|
永仁五年(1297年)に日蓮聖人の法孫日印聖人が白牛に諸経文を載せて故国布教のためある場所にさしかかった。その時白牛はひざを屈して動かなくなったばかりでなく、かたわらから清水が涌き出てたちまち青い蓮華が咲いたという。この地こそ大法発祥の聖地にふさわしいと考え庵室を設け、法華宗総本山本成寺の基礎を成した。今もこの地を蓮華淵と呼び、「牛池」の霊跡を残しているのが青蓮華院である。本成寺と並び青蓮華院にも雲蝶の立派な彫刻が多くあったという。この青蓮華院も大正九年火災に会い、そのさ中に山間四方の欄間の真中にあった寝牛の彫刻が何人かにはずされ持ち出されたという。ある時三条の古道具屋に売りに出ていた物が買い戻され、二、三人の人手に渡って今は本成寺要住院に安置されている。寝牛の横腹には欄間に組み込まれていたと思う穴が確認される。牛の体の裏まで丁寧に彫り込んであり、石川雲蝶作品の特徴とも言える。
|