法華宗 要住院

新潟県三条市西本成寺1-14-72
電話    0256-33-1886
宗派 法華宗 陣門流
名称 学詮坊 要住院
住職 十九世 笹原壮玄
開山 正給院日漸大徳


由 緒 沿 革

当要住院は正給院日漸大徳の開山で(慶長元年十月廿九日遷化)天正年間(1573〜1591)に創設され、二代目善大徳の中興である。坊号は時により円珠院を称しました学詮坊と云う。江戸時代から赤門があったので、通称赤門寺ともいう。この赤門は明治十三年七月に隣寺から起こった火で、堂宇と共に焼失した。寺は明治十四年に十六代信解院日晋師により再建され、十七代、十八代と遂次増築して現代に至った。
新発田藩三代溝口宣直(寒光院殿)の後室で四代重雄の生母遷光院殿の御本山ご廟所を管理する。また慶長五年の上杉遣臣一揆及び関ヶ原合戦で奮戦した浅野父子の菩提寺である。


火災を逃れた牛

永仁五年(1297年)に日蓮聖人の法孫日印聖人が白牛に諸経文を載せて故国布教のためある場所にさしかかった。その時白牛はひざを屈して動かなくなったばかりでなく、かたわらから清水が涌き出てたちまち青い蓮華が咲いたという。この地こそ大法発祥の聖地にふさわしいと考え庵室を設け、法華宗総本山本成寺の基礎を成した。今もこの地を蓮華淵と呼び、「牛池」の霊跡を残しているのが青蓮華院である。本成寺と並び青蓮華院にも雲蝶の立派な彫刻が多くあったという。この青蓮華院も大正九年火災に会い、そのさ中に山間四方の欄間の真中にあった寝牛の彫刻が何人かにはずされ持ち出されたという。ある時三条の古道具屋に売りに出ていた物が買い戻され、二、三人の人手に渡って今は本成寺要住院に安置されている。寝牛の横腹には欄間に組み込まれていたと思う穴が確認される。牛の体の裏まで丁寧に彫り込んであり、石川雲蝶作品の特徴とも言える。    

石川雲蝶 作

アクセス
○信越本線 三条駅下車 800m
○自動車  国道8号線三条市直江町より入る
法華宗総本山 本成寺の境内の中に有りま
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